2008年と2011年の二回、早島妙聴住持道長は長沙市にある馬王堆漢墓陳列館を訪問されました。
馬王堆漢墓は、湖南省長沙市から東へ四千メートル離れた郊外の馬王堆郷にあります。西漢初期に長沙国の丞相だった軑侯利苍家の墓で、1972年から1974年までの間、相次いで三つの墓が発掘されました。その三つの墓のうち、一つは軑侯の利苍、もう一つは利苍の夫人、最後の一つは利苍の息子の墓です。発掘された馬王堆漢墓は、西漢初期の手工業や科学技術の発展、及び当時の歴史、文化、社会生活などを研究する上で非常に重要な実物資料であり、出土品も非常に貴重です。研究によると、三つ目の墓から発掘された帛书「五十二病方」は春秋時代に書かれた「黄帝内経」(中国最古の医学書とされる)より古いもののようです。本には52種類の病気、100種類以上の病気の名称が書かれているほか、280あまりの処方せん、240種類の薬についても記載があります。これは中国で最も早く見られる方剤(漢方薬)です。「五十二病方」は「内経」以前の医学の内容を補充する、とても貴重な医学的遺産です。
馬王堆三号墓(利苍の息子の墓)から、導引養生に関する資料「導引図」やその他多くの医学的資料が出土されました。2008年と2011年の二回、早島妙聴住持道長は長沙市の馬王堆漢墓陳列館を訪問され、湖南省博物館科研事務室の主任である喩燕姣(上図左)と出土資料についてお話しされました。
馬王堆三号墓から出土された「導引図」は現存する導引養生についての資料の中で最も古いものです。